運転免許の思い出
中学生の頃、原付免許は14歳になったら取ることができた。
そのころ聞いた話では、さらに昔は原付は免許証ではなく許可証だったそうだ。
なんでも許可証をもらうには、警察に行って両手を開いたり閉じたりして見せるだけでOKだったとか。
聞いた話だから真偽のほどは分からないが。
それで、免許制度になった当初は、中卒で働く人が多かったので、14歳から原付に乗ることができるようにしていたらしい。
でも、ほとんどの人が高校に進学するようになったことから、ちょうど私が14歳になる直前に年齢が16歳に引き上げられてしまった。
免許を持つことにあこがれていたので、これはくやしかった。
そこで16歳になったらすぐに取りに行った。
筆記試験だけだったので、ちょっと緊張したものの、見事免許をとることができた。
大学にはいってすぐに電報配達のアルバイトをすることになった。
当時の電電公社のバイクは50CCだったので問題なかったのが、2年ほど経って90CCに入れ替えることになった。
当然原付免許では乗ることができないので、上の免許を取ることとなった。
それまでの免許の種類は
第一種原動機付自転車 50CCまで
第二種原動機付自転車 125CCまで
軽二輪 250CCまで
自動二輪 250CC以上
というものだった。
第一種は筆記試験のみだったが、それ以外は実技試験があった。
使われるオートバイは
第二種 ホンダ ベンリィ 125CC
軽二輪 ホンダ ドリーム 250CC
というもので、ベンリィはなんとかなるものの、ドリームはちょっと手に余るかな?というレベルで、メグロに至っては絶対に無理という代物だった。
ところが、極めてラッキーなことに、私が免許を取りに行く直前に制度が変わって、原付一種以外はすべて一つの自動二輪としてまとめてしまうことになった。
そして実技試験は一番小さなベンリィが使われることとなった。
日ごろ50CCでさんざん乗っているので、125でも大丈夫だろうという気はしていたものの、当時のベンリィはいざまたがってみるとずいぶん大きく感じた。
テストコースのS字はやたらに半径が小さいし、クランクは狭いし、コースアウトするんじゃないかとひやひやしながらも、なんとか無事に走りきることができた。
こうして取得した免許は、その後数度の制度変更を経て、今はちょっとやそっとでは取れないと言われる大型自動二輪免許となってしまった。
ま、大型に関してはペーパードライバーですが。
原付を買ったときの話
4年前、母が介護施設に入ったときに原付を買った。
施設には毎日通うつもりだったので、原付があればなにかと便利だと思ったからだ。
最初は中古車を探してみたが、最も安いものでも6万円程度で、タイヤは減っているし、すぐにでも故障しそうな感じがした。
改めて新車の安いのを探したら、スズキのレッツ4の中国製が8万ちょっとで出ていたので、これにした。実際には整備費とかいうよく分からない名目で費用が加算されて、全部で10万くらいになった。まあ電動アシスト自転車より安い。
原付免許は16歳になってすぐに取ったし、学生の頃には電報配達のアルバイトをして毎日何十kmも走っていたので、運転は問題ないだろうとは思っていたが、なにしろ40年ぶりなので少しは不安もあった。
納品の日になって、ショップで恐る恐るバイクにまたがってみた。
過去に、クラッチ無しではスーパーカブに乗ったことがあるが、ほとんどはクラッチがついてるタイプだったし、ギアすら付いてないスクータータイプは初めてだ。
そっとアクセルを開けたつもりが、結構急に開いてしまったようで、カクンとクラッチが繋がったと思ったら、猛烈な勢いで飛び出してしまった。あわててアクセルをゆるめると、今度はエンジンブレーキがものすごく効いて、前のめりに止まりそうになる。
アクセルの開き加減を微妙にコントロールするものの、急発進、急減速を繰り返すようなぎこちない運転になってしまった。
その後1000キロメートルほど走ったらスムーズに走れるようになったが、どうやら新車のうちはクラッチの遊びというか、すべりがなく、エンジンがある回転数になるとカクンと繋がってしまうことにも原因があったように思う。
母の施設に通うようになって、後続車をスムーズに追い越させるためにエンジンブレーキで速度を落とすと、後輪がグラグラッと横に揺れるといういやな癖があることが分かった。
歳のせいで平衡感覚が弱っているのかなとも思ってみたが、どうもバイクに原因がありそうな気もしていた。
点検のときにショップで聞いてみても、特にそういう問題があるとは聞いてないという。
ところが、買って1年くらい経ったときに、スズキからハガキが来た。
このバイクのリアサスペンションに問題が見つかったので、無償で交換しますという案内だった。
すぐにショップに持ち込んでサスペンションを交換してもらったら、減速時にケツを振るという現象はピタッと治まった。やっぱりバイクが悪かったんだ。歳のせいではない。
その後は特に問題も無く順調に動いている。
中華パッドのこと
ブログを始めるきっかけを作ってくれた中華パッドは今のところしっかり動いてくれている。
IQ Smart Pad ESP02 という7インチのパッドで、android 2.2 メモリー256MB 内部ストレージ 2GB というなかなかしょぼいスペックになっている。
2011年頃に売られていたらしく、一応定価(?)は45,800円だったらしい。
ただし、定価で売られるはずもなく、あきばおーで11,999円で売られていたとか、ネットショップで9,450円の値段が付いていたり、2012年の正月に7,780円で買ったという話が見られる。
私はオークションで1,200円で購入したので、一応納得している。
クチコミなんかの評判はものすごく悪く、買ってからすぐに壊れたとか、店頭で見本を触っていたら壊れたとか、店が交換をあきらめて返金してくれたという話がいっぱい出ている。
ほとんどの故障は今回オークションで購入したのと同じく、電源を入れるとドロイド君が出てきた状態で固まるというもの。
かろうじて動いているものも、動作が遅い、アンドロイドマーケットが使えなくてアプリが入れられない、YouTube の動画がカクカクッと動く、メールの設定ができないなど悪い話ばっかり出てくる。
ネットで見つけた親切な方のサイトで教えてもらった方法で、ロシアのサイトからダウンロートしたファームウェアを入れたら見事に回復した訳だけど、どうやらこれはカスタムファームというもので Uberoid_1.3.0_v5 というものらしい。
よく分からないけど android の改造品(?)みたいなものかと解釈している。
これを入れたせいか、割合サクサク動くし、 YouTube の動画もスムーズに動く、メールもちゃんと設定できた。マーケットも中華の偽マーケットではなく、普通のマーケットが使えて、Airdroid なんかもダウンロードすることができた。
一応使えないことはないというレベルにはなってくれたけど、致命的な問題がある。
それはタッチパネルが静電式ではなく感圧式で、タッチしても反応しないことが度々ある。
また、タッチしたところの隣りとか、なぜか2つか3つ離れたアイコンが反応してしまって、あわてて元に戻すということが頻発する。
これで元に戻すボタンが反応しなかったら大笑いだけど、そこは良くしたもので、元に戻すボタンは画面の外の物理的なボタンが割り当てられている。
一番困るのは、画面上で指をスライドさせるときに、微妙に押し付けながら適度な速度で動かさないと、ボタンを押したと解釈されてしまうということ。拡大、縮小なんかは成功したためしがない。
まあ、もともとジャンク品として手に入れたもので、動いてくれたらもうけものと思っていたので、これからも気が向いたときに遊んでみようと思う。
ブログを始めたきっかけは
ヤフオクで中華パッドのジャンク品を手に入れた。
電源は一応入るものの、ドロイド君が出た画面で止まってしまい、進まなくなるというもの。
調べてみたらこのタイプは同様の故障がものすごく多いらしいということがわかった。
さらにいろんなサイトを見て行くと、こうして直したという記事もいくつか見受けられた。
その一つに、「詳しいことはこちらのサイトで」と案内があったのでたどってみると、「このサイトを開くには、はてなブログにIDを登録してください」という画面がでてきた。
登録は無料とあったので、気楽にIDとパスワードを登録したら、「いらっしゃい。さあブログを始めましょう」という画面に進んだので、おいおいそういう話かよと、なんか騙されたような気分になった。
ま、しかし前からブログをやってみたいなという気持ちも少しあったので、これを機会に始めてみることにした。
で、肝心の見たかったサイトだけど、どうやらすでに削除されていたようで、見ることはできなかった。
中華パッドのほうは、その後別のサイトに詳しい案内を見つけて、ロシアのサイトからアンドロイドのファームウェアをダウンロードしたら、無事に動くようになった。